はじめに
2026年6月27日よりART FACTORY城南島にて開催される加藤智大 個展「In between」。
鉄を素材に、「物質と社会」「内と外」「匿名と個」といった現代社会に潜在する境界をテーマに探求を続けている加藤智大。本インタビューでは、鉄という素材との出会いから、《anonymous》シリーズ誕生の経緯、本展タイトルに込めた思い、そして今後の展望について語っていただきました。

自己紹介
加藤智大です。鉄のアーティストをやってます。
ART FACTORY城南島との出会い
もともと、茶室を作っていたスペースが妻とシェアしていた板橋の少し大きい工場物件みたいなところで、 風呂なしのところで、妻は画家なんですけど、そこで切磋琢磨して作品をつくっていたんですけど、ある時、妻が妊娠をしまして、風呂なし、しかも、ねずみが出るようなところで、環境があまりよくない、鉄粉まみれだし、環境の良くないスペースだったので、そこを退去することになって、新たに、自分の作品をつくる場所ってないかなと思って、インターネットとかで色々探していたら、このART FACTORY城南島というのを見つけて、最初はちょっと遠いかなと思ったんですけど、いざ見学しに行ったら、すごいいい状況で機材が整っていて、三島さんの展示空間はすごい眼福でとっても感激して、すごい興奮した覚えがあります。
妻にちょっと遠いけど、ここ良いねって言って、2人で一緒に応募して、2人とも見事に拾ってもらって使わせていただく、そういった経緯があります。

鉄という素材を使い始めたきかっけ
大学時代に、工芸科に在籍していて、そこで金属を扱うコースだったんですけど、そこでまず、初めて鉄に触れて、最初は銅板で鍛金をやるっていう授業が結構多くて、大学を卒業してから、鉄製品の工場に入って、エクステリアとかをつくるようになって、そこで技術を学んだっていう感じです。
「鉄で鉄ではないものをつくる」という試みのきっかけ
友達の結婚式に誘われて、そのドレスコードっていうのが、シルバーっていう意味の分からないコードがあって、美術大学の友達のことだから、変な宇宙人みたいな仮装するやつとかが多いだろうなと思って、自分だったら何が出来るかなと思った時に、鉄でネクタイを締めて、一見、「お前なんもやってないじゃん」みたいなことをツッコまれた時に、ガチンガチンって鉄のネクタイを見せたら、凄いインパクトがあるんじゃないかと思ってそれで、頑張って徹夜してつくったんですね。それが一番最初です。
結婚式にいざ乗り込んだ時に、やっぱり僕の想像していたリアクションがあって、「お前なんもやってないじゃねえか」って宇宙人みたいな奴らにいっぱい言われて、その時にやっぱり、コンッコンッってやった時に、みんなが「うわっ、すげぇ」みたいな感じですごい驚いたのが印象的で、急にその物質というものを捉える、認識すると、人はここまで驚くんだなというか、驚愕するんだなというのを、実体験として感じましたね。
それがやっぱりきっかけになって、あの感覚をもう一回鑑賞者に味わせたらっていうところから、自分のキャリアがスタートしたような気がします。


《鉄茶室 徹亭》を制作しようと思ったきっかけ
「鉄で鉄じゃないものをつくる」っていうシリーズが走り出して、自分の工芸的な技術を駆使して、作品をつくっていった。
鉄の電球とか、鉄のハケ、ブラシ、絵具のハケみたいなやつとか、その中で、鉄のキャンバスに擬態した鉄の絵画をつくったりとかして、キャンバスみたいに木枠に薄い鉄板を張り付けて、鉄板の生地の上に、鉄の絵を描くみたいな。そういったものをつくっていって、ひたすら重いみたいな、そういう作品で。
ある程度認識してもらえたなっていう風に思ってはいたんだけど、それ以上に広がるようなことがあんまり自分の中になくて、どう発展していけばいいのかな、このままだったら、工芸オリンピックみたいな、アスリートみたいな感じで、ちょっと閉塞感のあるレースに参加してしまっているような気になっちゃって、そんなネガティブなことを考える一方で、自分の展示空間自体には、一点の作品で魅せるっていうことよりも、インスタレーションとしての強さみたいなものに、ちょっと気付いたところもあって、自分の作品が点在していた、そのギャラリーの空間というのが、なんか重力が重いみたいな、何かそういう少し実感があって、一点一点の作品をつくった、それを売ったみたいな世界観よりも、自分の作品群を 一つのインスタレーションとして成立させる方法はないかなということを考えて、
そんな中、東日本大震災という中々センセーショナルな、歴史的な災害が起こりまして、その時に、自分が日本人であるということを強烈に突きつけられて、「自分は日本人だぜ」っていう何かがつくれないかなって思い浮かんだのが茶室で、作品群一つとして魅せるということと、震災で得た日本人であるということ、自分のアイディンティティというものを表現できる茶室というものを、それで、鉄の茶室をつくろうっていう発想に至りました。


茶室を「岡本太郎現代芸術賞 通称:TARO賞」に出展した理由
「岡本太郎現代芸術賞 通称:TARO賞」自体は、元々有名なコンペだったので知っていて、何回かは応募したことがあって、全然引っかからないなって、自分はコンぺの為につくろうっていうのはあんまりなくて、今あるもの、これちょうどコンペに合うんじゃないかっていうところで、たまたま、これ「TARO賞」に出せるじゃんっていうところで茶室があったていう感じです。
当時の想いやどのような目標を持って制作していたのか
茶室つくろうって思ったくせに、茶の湯の心得が全くない状態から、何とかインターネットや書籍を読み漁って、そこから茶道具をつくるところから始めたんですけど、鉄の茶室といっても、茶碗から道具まで全部鉄でつくるっていうのをまず最初に掲げていたので、親戚から茶杓(ちゃしゃく)を借りて、それを見様見真似でつくってみたいな、そういうところからスタートして、調べれば調べるほど、造形的な所だったりとか、先人たちのある種、狂人というか、変態性みたいなものとか、その突飛な考えみたいなものが、いずれスタンダードになって、また突飛な人が出て、またそれがスタンダードになり、そして現在につながっているという実感がすごく面白くて、かなり苦しかったけど、とても充実してつくっていたような気がします。
”閉塞した空間”や”境界”への関心が強くなったきっかけ
「TORO賞」を取ると、岡本太郎記念館で、個展っていう名目だったけど、岡本太郎と二人展みたいな感じで、展覧会をさせてもらえる権利が与えられるんですけど、何つくろうかなと思って、茶室自体が集大成的になったので、少し燃え尽き症候群的な感じになっちゃって、結局、自分の作品は何らオリジナリティのあるものではなくて、何かを模倣するところから始まっているので、岡本太郎に何をぶつけたらいいのかがさっぱり分からなくて、茶室をもう一回やるのも面白くないしと思って、その当時、漫画文化とかって茶の湯って面白いみたいなのが陶芸家、漫画家、各文化人で結構盛り上がっている時期で、僕自体が、茶の湯の作家みたいな扱われ方というか、見られ方をしていて、
鉄の茶室自体が、茶室とか日本の文化の模倣をするところから始まったから、自分自身が茶人とか、茶の湯の作家と言われても、やっぱりピンと来ないし、何なら少しカウンターというか、僕自体が工芸科というところから始まっていて、一時期は、現代美術というところに足を踏み入れて、工芸的であるもの、工芸自体を結構批判的な捉え方をしていて、工芸にまた歩み寄るようなタイミングでもあったんだけど、そこから工芸寄りの作家になるっていうと、自分の中ではピンと来なくて、勿論茶の湯も素人だし、茶室をつくった時の、出入り口も戸車が仕込んであってガラガラ開閉できるようになっていて、全部締め切った時の、得も言えぬ閉塞感みたいなもの、前段で語った、鉄同士が結びついた時に重力を感じる話と通じるような可能性みたいなものをまた少し見出すようになって、鉄が動いて、そこに囲まれて閉じ込められるって、凄いドキドキするなみたいな、そういったところから、牢獄とか興味を持って。

撮影:Taro Inami

岡本太郎記念館で展示をした感想
岡本太郎記念館での展覧会は、岡本太郎の作品と、彫刻と絵画と、太郎さんのお骨が入っている彫刻があって、それを閉じ込めるというインスタレーションを制作して、記念館の人も「それ面白いね」と言ってくれて、実現したんですけど、自分にとっては、とても面白くできたなっていう実感があって、岡本太郎の作品の〈動物〉っていう可愛い彫刻を閉じ込めたんですけど、すごい可愛い彫刻で、僕も好きな作品で、でもそれを閉じ込めると、手を出したら嚙まれそうみたいな、餌やりとかちょっと怖いみたいな、そこで暴力性みたいなものが浮き彫りになる。岡本太郎は別に癒しのために作品をつくっていた訳ではないし、ある種、暴力性みたいなものも内包して作品をつくっていたと思うので、僕のつくった鉄の牢獄に入れることで、岡本太郎の作品が共鳴して、暴力性みたいなものを浮き彫りに出来たのかなとすごく感じて、これは面白いなと思いました。
それと同時に、所詮動物なんで、鉄の牢獄の強さ、物質的な強さに勝てるわけもなく、そこにたたずむ、価値の固定化された美術作品の脆弱性みたいなものも、逆接的に強調できたような気がして、とても良かったなと思います。
岡本太郎記念館での展覧会では、すごく手ごたえを感じてはいたものの、でも結局は、岡本太郎の作品に自分の作品が依存しているだけだし、牢屋だけを作品として提示するっていうのが、後々難しいと感じるようになっていって、
展覧会の時に、自分の作品には何かあるって毎回気づくんですけど、その展覧会では、動物の作品に、自分の鉄格子の影が這うような印象を受けて、その線が、岡本太郎の豊かなフォルムにエロティックに這うようなニュアンスを感じて、フェティッシュで、緊縛みたいな、そういった要素をすごく感じて、影だけを抽出して、しっかり自分の作品として成立させられないかなと考えるようになって、それで、今の《anonymous》のシリーズに繋がっていった、そういう経緯があります。


人物像を主なモチーフにしている理由
影だけを抽出する彫刻像を考えた時に、モチーフは何にしようかなっていうところがあって、茶室の時、そして、鉄の牢獄をつくった時に感じた、「中の空間」と「外の空間」という、その境界に鉄がある、存在しているという状況が、とても面白いと感じていたことに気付いて、牢獄の中と外って何だろうなって考えに至って、一線を越えた人、そこに犯罪という国が定めた制度によって、その境界を超えるっていうこと、僕はもちろん、逮捕歴はないですけど、境界を超える人の、ある種のパワーというか、ポジティブに「犯罪最高!」って言っている話ではなくて、言い方は良くないかもしれないけど、人間をやめるパワーというか、そのパワーって作品に込められないかなというのがあって、実際に逮捕歴のある人を3Dスキャンして、それを作品のモチーフにするということを考えついて。
《anonymous》シリーズを制作するきっかけ
犯罪ということをテーマに、犯罪者とかそういった、超える、境界みたいなものをモチーフにしているだけに過ぎなくて、そこに特定の誰かをはめるようなつもりはなくて、自分の作品は、結構抽象性が高くて、それでも、何となくフォルムとして人物が立ち上がるっていう、少し幽霊というか、ゴースト的な雰囲気を持っていると思うんですけど、その中で、特定の誰かっていうものを強く表さないという意思表示において、匿名の《anonymous》というのを付けたと記憶してます。
ただ、影を抽出するという、3Dデータから作品を形作っていった時に、パソコン上で作品の図面なり、制作の手順は入るんですけど、3DCGから始まって、そこからどう立体にするのかみたいな、パソコンのモニターからでは、やっぱり分からない事が、結構あって、実際にモノをつくり終わった時に、思ったより、鉄の物質感というのが、近くに寄った時に、カチンと目に飛び込んでくる。でも、作品から離れると、割と物質感がスッと消えて、作品の周りを目線を変えたり、動いてみると、モアレ効果であったりとか、少し仮想的なバーチャルなような雰囲気にもなって、物質感というものが、フッと飛んだりとか、扱ってきた物質というものの一つの答えかなと思っていて、相反するものが、共存できているんじゃないかなと思います。


展示タイトル ”In between” に込めた意味
「in between」って、「~間」っていう意味があると思うんですけど、「間」っていう、僕が境界というテーマを扱っている上で、境界のところには自分のつくった作品があるっていう、そこの間という意味にも、メインの意味としてはあって、その中に、人物と匿名とか、物質と影とか、犯罪と冤罪とか、相反するものだったりとか、モノの間みたいな、そういったニュアンスがかなり込められていて、今回の作品から、胸像のシリーズをつくり出したんですけど、自分の作品成立の興味が、人の認知みたいなものにも少し興味が移っている風に自分では思っていて、どこまでが顔で。どこまでが鉄で、どこまでが彫刻で、どこまでが影でみたいな、鉄のリングの積層で作っているんですけど、顔とか、ひとつながりの面では表現されていなくて、非常に形骸化した骨抜きみたいな、スカスカな状態で提示はしているんだけど、そこには、顔を結局認識してしまう、認知してしまうっていう、そういう人間の特性みたいなものに、すごく興味が移っているような感じがして、そこでその《visage》っていうシリーズ、胸像のシリーズが生まれていて、以前だと、立像とか、気配とか、そこにいるみたいな、存在として作品は扱っていて、今回の場合は存在への認知みたいな、他者からの認知とか、捉え方とか、そういったものが、テーマとして遷移しているような気がします。
胸像って、意図的に切断して、それを権威的に見せる、その過程がとても面白く感じていてとても気に入っています。


撮影:Hyogo Mugyuda
今回の展示でみていただきたいポイント
僕にとって、今回の展覧会が、ART FACTORY城南島に長いことお世話になって、その中で制作したモノを、一連で見せられる機会なので、自分がここに来て、そして今までつくってきたその間の遷移、変遷だったりとか、そういったものを感じ取って、鑑賞して頂けるととても嬉しいなと思います。

現在関心を持っているテーマや今後の展開
自分にとって予算をそんなに気にしなくていい状況で、作品がつくれるっていうことで言えば、パブリックアートのコミッションワークだったりとか、そういうのがあるといいなと思います。
自分の作品が何点かは恒久設置されるっていう経験はあるんですけど、より増やしていきたいと思うし、一つ大きいプロジェクトも今動いているので、公開されたあかつきには、ぜひ見に来ていただけると嬉しいです。
展覧会中に完成予定の作品も今現在、鋭意制作中なので、ぜひ、公開制作をしているので、見に来ていただけると、こうやってつくっているんだな、溶接ってこうやるんだ、そういったことが分かると思うので、よろしくお願いします。


ご一読いただきありがとうございました。本インタビューでご紹介した作品とその制作背景を踏まえ、ぜひ会場で加藤智大の「境界」の現在地をご体感ください。
展覧会情報▶ https://store.gallery1045.com/blogs/blog/260604
インタビュー動画▶ https://youtu.be/LujbGBHlziw?si=Ky0xP4P_ULxa621Q